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「校正」とは – なぜ「不確かさ」がないと、それは真の「校正」とは呼べないのか?
計測機器メーカーである弊社は、品質管理の根幹を支える計測の信頼性向上を使命としています。産業界、特に製造業において、しばしば「校正」という言葉が単なる「点検」や「チェック」と同義で使われがちですが、これは国際的な品質基準から見ると誤解を招く可能性があります。このコラムでは、真の「校正」とは、必ず「不確かさ」が付属していなければ成立しないという点について解説したいと思います。
1. 校正の定義と国際的な要求事項
製造業における品質マネジメントシステム (QMS) において、測定の信頼性を保証することは極めて重要です。自動車産業の品質マネジメントシステム規格であるIATF 16949では、検査、試験、または校正サービスのために外部試験所を利用する場合の厳格な要件が定められています。この要求事項によると、外部試験所は、必要とされるサービスを遂行する能力を含む、明確に規定された試験所適用範囲を持たなければなりません。この能力を証明する国際的な基準が、ISO/IEC 17025 (または国内同等規格) による認定です。 ISO/IEC 17025の要求事項の中には、測定活動を実施する上で、測定の不確かさの評価(Evaluation of measurement uncertainty) を含めることが求められています。 【重要】 真の「校正」とは、単に計測器が示す値と基準器の値とを比較する行為だけではありません。ISO/IEC 17025のような国際基準に基づく認定試験所が行う校正は、その測定結果にどの程度の信頼 (ばらつき) があるのかを定量的に示す、「不確かさ」を算出・付記することが必須となっています。したがって、不確かさが付記されていない測定結果は、国際基準において「校正」として認められる信頼性の基準を満たしているとは言えません。それは、単に計測器の「状態をチェックした」記録であり、「校正済み (Calibrated)」であるとは断言できないのです。
2. 「不確かさ」が品質保証の核心である理由
なぜ、不確かさがそれほど重要なのでしょうか。その答えは、現代の品質マネジメントシステムの根幹にある「リスクに基づく考え方」にあります。ISO 9001:2015 (及びIATF 16949) において、リスク (risk) とは「不確かさが影響を及ぼし、期待されていることから好ましくない方向に逸れること」と定義されています。
測定の信頼性の可視化
測定器が「10.00」という値を示したとき、真の値が9.98かもしれないし、10.02かもしれない、という「あいまいさ」が必ず存在します。この「あいまいさ」の範囲こそが「不確かさ」です。不確かさが明示されて初めて、その計測器が、製品仕様の許容公差内で測定を続けているかを客観的に判断できます
不適合リスクの管理
測定結果に不確かさが伴わない場合、組織は、その計測器がどの程度正確で、どの程度信頼できる測定範囲を持っているのかを知ることができません。結果として、その測定器を用いて合否判定を下す際に、リスク (不適合品を合格と見なす、あるいはその逆) を適切に管理することが不可能になってしまいます。
不確かさの情報が欠如しているということは、測定結果の「リスク情報」が欠如していることであり、これは品質マネジメントの観点から許容されるべきではありません。組織は、この不確かさの情報を基に、測定機器に偏り、安定性、繰り返し性、再現性がないかを統計的に調査・解析する測定システム分析 (MSA) を実施する必要があります。
3. 正しい校正の証:認定ロゴマークの確認
組織が外部試験所に校正を依頼する場合、その結果が国際的に通用する信頼性を持つためには、以下の要件が不可欠です。
- 試験所が ISO/IEC 17025 または国内同等規格 (例:中国のCNAS-CL01) で認定を受けていること。
- 依頼した特定の検査、試験、または校正サービスが、その試験所の認定 (証明書) 適用範囲に含まれていること。
- 発行された校正証明書または試験報告書に、国内認定機関のロゴマークが表示されていなければならないこと。
このロゴマークこそが、その校正作業が単なる比較チェックではなく、測定の不確かさの評価を含め、国際的に定められた厳格な手順 (ISO/IEC 17025) に従って実施されたことの信頼性の証となります。外部試験所が非認定である場合、組織は、その試験所がIATF 16949の要求事項 (7.1.5.3.1) を満たしていることの証拠を確保する責任があります。しかし、認定試験所を利用することが、最も確実でリスクの低い方法です。
まとめ
正しい「校正」とは、単なる数値の比較ではなく、測定結果の信頼性の幅を示す「不確かさ」の情報が不可欠なプロセスです。 不確かさが付いていない校正証明書は、信頼性の保証がない「単なる測定記録」と認識し、貴社の品質と製品安全を脅かすリスクとして捉えるべきです。 正確な校正結果(不確かさを含む)は、貴社が使用する「測定の定規」の信頼性保証書です。定規の長さが正しいだけでなく、「この定規は温度変化があっても、1000本に1本の確率でしか±0.01 mmの誤差を超えない」という安全マージンが明確に示されているからこそ、安心して製品の合否判定に使用できるのです。この正しい理解を広め、サプライチェーン全体の品質向上に繋げていきましょう。